The Future Lost in Type
Vol.04 MICR
文字の中に消えた未来 —Vol.04 MICR—
エレクトロニクスの文字表現
最後にタイトルとエンディングで使われている奇妙なスタイルの文字について。70年代から80年代にかけてコンピューター周辺のグラフィックデザインで過剰に利用されきたこのスタイル。角丸の矩形を基本にした骨格に、部分的に不規則に太る線幅が特徴で、エレクトロニクスに使われていた電子プリント基盤のようなアールや線幅の変化と曲線の関係性など視覚的な類似性が重なり、当時としては強く先端の科学技術の印象を与えたのだと思われます。
コンピューターためのタイプフェイス


まずは、この数字を見てください。まさにさきほどの特徴をもつデザインであり、タイプに興味のない方でもこのふぞろいな線幅には違和感を感じるのではないでしょうか。これ実は1950年代から広く利用されている立派なタイプフェイスデザインで「E-13B」という小切手の仕分処理のために開発されたタイプフェイスです。
1950年代に北米では銀行小切手の処理を行うためのERMAというコンピューターシステムが各地の銀行に導入され、小切手をコンピューターで読ませるために、MICRという磁気インク文字認識(Magnetic ink character recognition)の技術を用いました。
現在でいうところのQRコードやバーコードに役割が近く、コンピューターに認識させる文字という点では光学文字認識(OCR) のために開発されたOCR-AやOCR-Bの先駆けとも言える存在です。つまり、世界で初めて普及したコンピューターのための文字が『E-13B』なのです。
そして、この文字デザインの違和感の正体はMICRの仕組みにあります。コンピューターが読むためには磁気面の波形を認識させる必要があり、数字の字形は磁気の量の調整を行うためにつくられており、技術的な制約と可読性のバランスをとったものなのです。
それまでの文字デザインは人間だけのためにつくられ、読みやすさや審美が中心で制作されてきました。このデザインは人間から離れて制作された初めての文字であり、タイプデザインにとって大きな転換点となります。
「Westminster」の登場
いつの時代も新しいカタチを探すためにデザイナーはさまざまなことにアンテナを張り巡らしています。
1965年ロンドンにて、この「E-13B」の特徴をアルファベットの大文字に展開したデザイナーが登場します。デザイナーのレオ・マグスはロンドンのコヴェントガーデンのオペラハウスの雑誌で使うための未来的なスタイルの見出し文字を頼まれたことに端を発し「E-13B」をベースにして「Westminster」というタイプフェイスをデザインします。レトラセット社へ持ち込むも断られ、フォトスクリプト社のカタログに加わり1968年ごろには映画や雑誌記事などでも使われ始めています。
「Westminster」 のヒットと時を同じくして、1968年前後にJames H. Mooreが同じく「E-13B」をベースにしてデザインした「Moore computer」VGC社からその派生版「Magnetic Ink」がPhoto-Lettering社から写真植字用フォントとして発売されています。また、ウールマークで知られるフランコ・グリニャーニがデザインした「Gemini」がFilmotype社、派生版の「Gemini Computer」がConways社から発売され、その後1970年に「Westminster」を不採用にしていたレトラセット社から「Data70」が発売されます。「Amelia」や「Countdown」など類似の特徴をもつフォントも同時期に同社から発売されていて、MICRスタイルのタイプフェイスが70年代に花盛りを迎えます。
コンピューターカルチャーとMICRスタイル
当時のデザイナーたちはMICRスタイルの文字をコンピューターやエレクトロニクスとうまく結びついた字体として近未来的な印象を想起させるために多用しました。1968年はSF映画の金字塔「2001年宇宙の旅」が公開され多くの人が、宇宙にうかぶGILL SANSとHAL 9000というAIに心を奪われるなか、MICRスタイルにとって最重要なイギリス映画「Sebastian」が公開されていました。
映画「Sebastian」は天才数学者が100人の美女を集めて暗号を解くという内容のB級スパイムービーで、舞台となるのがロンドンにある暗号局のオフィス。劇中には、フロアいっぱいのメインフレームコンピューターをバックにMICRスタイルの文字がキーボードで打ち込まれて大画面に映されるシーンがあります。
映画のタイトルシーケンスには、タイプフェイスの「Westminster」が奇妙なタイプ音とともにモーションタイポグラフィーでアニメーションされます。68年の時点でコンピューターとつよく結びついており、映画「WarGames」の原型となるような共通の表現がみられます。
そして、70年代に入るとアーケードゲームが街を賑わし始めます。1971年に世界で始めてのアーケードゲーム『ComputerSpace』のパンフレットには、ドットで構成された「Countdown」が使われています。つづく、1972年に世界初めての家庭用ゲーム機『ODYSSEY』のパッケージやカタログには「Data70」が使われコンピューターゲームの世界とMICRスタイルのランデブーがはじまります。
1970年未来学者アルビン・トフラーの名著「FUTURE SHOCK」では「Ameria」が、1972年のデビットボウイの「Space Oditty」のアメリカでの再発版のデザインでは、1968のものとはガラリ変わり未来的なイメージを打ち出すために『Magnetic Ink』がつかわれて、未来感をMICRスタイルがリードしてゆく。
1973年進化したAIが存亡をかけて人間との間に子供をつくるという題材のSFディストピアホラー小説『DAMON SEED』Dean Koonzのブックカバーで「MOORE COMPUTER」が使われ、同年公開のコンピューター制御された人間そっくりのアンドロイドたちと戯れる体験型施設のマイケル・クライトンのSFスリラー映画『WESTWORLD』のタイトルでは「DATA70」が使われている。MICRスタイルはSFの世界のスタンダードとなってゆきます。
1972年コンピュータ科学者でありプログラミング言語BASICの共同開発者でもある John G. Kemeny が未来のコンピューティングとAIと人間の関係に触れた一冊『Man and the Computer』の表紙には、「MOORE COMPUTER」がそえられて、パーソナルユースのコンピューター時代を見据えます。
そして、1974年にAltair 8800が最初のパーソナルコンピューターとして登場しPC時代の幕が開きます。1977年にホビーユースのコンシューマーをターゲットにした製品、Apple II、Commodore PET、TRS-80の3つのコンピューターが登場します。77年RADIOSHOCKから出ていたTRS-80用のBASICの教則本は同じく「MOORE COMPUTER」をつかい、この時代のBASICプログラミングとMICRスタイルの決定的なイメージを醸し出しています。
MICRスタイルのタイプフェイスは、80年代後半にかけてはホビーユースのエレクトロニクスが中心だったものが、さらに低年齢むけの子供向け玩具に使われてゆき、PCが定着した90年代にはあまり見かけなくなりました。70年80年代を代表するスタイルとなったこのスタイルは、現在ではコンピューター黎明期を象徴とともに、SFやビデオゲーム、ハッカーなどポップカルチャーの文脈でレトロフューチャリスティックなスタイルとして愛されています。時代の中に消えていった未来とともに。
いかがだったでしょうか。『WARGAMES』を題材に、ビットマップ、ベクター、セグメントディスプレイ、MICRと4種類のコンピューターにまつわるタイプフェイスをとおして過去の先端技術の制約が生み出す文字のカタチの面白さや独自性を知ることができたのではないでしょうか。映画は、未来の技術に期待をした牧歌的な時代に描かれたフィクションですが、時代がかわりAIとともに生きる僕らのこれからが文字を愛でることのできる明るいものであることを祈ってこの特集を終わりたいと思います。ありがとうございました。