The Future Lost in Type
Vol.02 VECTOR
文字の中に消えた未来 —Vol.02 ベクタータイプ—
モノストロークな未来の香り
『WARGAMES』のメイン舞台はNORAD(北アメリカ航空宇宙防衛司令部) です。そこに設置された戦争シュミレーション用のコンピューター『WOPR』で動くAI「ジョシュア」が暴走して核戦争を起こしかけることを阻止するというのが物語のプロットです。
その舞台となるNORADはメインフレームコンピューターが設置され、複数の超大型の画面と数多くのターミナルの前で忙しく人々が動き回るまさに理想的な最新鋭の軍施設として描かれています。その画面に映し出されているモノストロークで描かれた世界地図、そしてそこにおなじくモノストロークで描かれている文字。今見てもSF的なテクノロジーの気配を感じさせます。
SF映画では宇宙船のコクピットやHUD、戦闘前の作戦会議などの場面で、ワイヤーフレームの3Dや地図などの線画のイラストレーションがよく登場します。『2001年宇宙の旅』や『Star Wars』といった名作が、そういった表現を決定づけ、モニターに映し出されるラインアートは現代ではお約束となって定着している表現です。
現実世界では高解像度のフルカラーのUIが一般的な今日においても、モノストロークで描かれたUIやイラストレーションからはなぜか未来の香りが漂ってきます。そして、「WARGAMES」はさらにモノストロークの文字が加わります。ベクタータイプと呼ばれる曲線を使わず全て直線で結んだこの特徴のあるスタイルは、SFのモノストローク文化とベクター技術が密接に関係しているのです。
ベクターとラスター
1970年代から80年代まで、コンピューターの内容をブラウン管(CRT)で画面表示する方法は大きく分けて2つありました。ラスター方式とベクター方式です。
まずブラウン管は、画面奥の電子銃から電子ビームを発射し、画面内側に塗られた蛍光体に当てて発光させることで映像を表示する仕組みです。2つの違いは、電子ビームの制御方法の違いで、ラスター方式は画面を左上から右下へ向かって高速で走査して、常に面を塗りつぶすように画面を表示します。一方ベクター方式は、必要な線だけをなぞって描く方法です。
半導体メモリの性能が低い時代には、座標のみの情報で済むベクターディスプレイが重宝され、座標間をつなぐ線画の可能性が発展してゆきました。1970年代に入ると安価なメモリのシステムでも複雑な設計図を表示できるようになり実際の建築や航空宇宙設計のCADを用いる現場に革命をもたらしました。それが先端テクノロジーを映し出すイメージとなり、画面に高輝度で描かれるワイヤーフレームはあらゆるSF映画に取り入れられ、70、80年代の近未来のコンピューター画面表現へとつながります。
ベクタータイプフェイス
ラスター方式ではビットマップが文字を表示する最適な方法として定着しましたが、特性の違うベクター方式のディスプレイでも文字を表示する必要性があり文字を作る可能性が探られてゆきます。
ベクター方式は、コンピューターが座標点を指定してディスプレイが電子ビームで線を引くいてゆくためXYの座標点の情報を順番にあたえ、星座のようにして直線で繋ぎ文字を作り上げてゆきます。そして、特性上面を塗ることができないため、技術的な制約が形を作り上げ、この骨格のみのモノストロークのタイプフェイスが生まれました。
CADや製図用のプロッター、アーケードゲームなどの分野で利用されましたが、1980年代の半ばから半導体メモリの性能と価格が劇的に改善し、解像度やカラーの性能の発展性のあるラスター方式が主流となりベクター方式のディスプレイは市場から消えてゆきます。しかし、基本的なアイデアである座標点を数理的に線を結ぶグラフィックの方法は現在のデジタルフォントの中核にしっかりと受け継がれています。
Hershey Fonts
最初期のベクタータイプは 「Hershey Fonts(ハーシー・フォント)」です。アレン・V・ハーシー博士 が 海軍兵器研究所で開発し、1967年に出版された『Calligraphy for Computers(コンピュータのためのカリグラフィー)』で発表したベクターフォントのコレクションです。軍の事務の効率化のため、「CRTプリンタ」というブラウン管と写真を組合わせた技術での組版の研究のなかでベクター方式の文字を研究したそうです。科学者なのですが文字開発に行き着いてしまった、最初期のデジタルフォントのタイプデザイン行った人物です。しかし、侮れないのがその内容で、サンセリフのみならず、ブラックレターやスクリプト体、はては日本語に至るまで研究者のこだわりを感じます。1976年にフォントデータがNIST(アメリカ国立標準技術研究所) によって公開されています。
CAD / プロッター
ベクタータイプが実務で使われたのは1970年代以降のコンピュータ製図のCAD(Computer-Aided Design)の分野です。1970年代に入ると設計業務のコンピュータ化が進み、ベクターCRTとペンプロッターは工業設計の標準出力装置になります。ペンプロッターはCRTのベクター方式と同様でコンピューターの制御で紙に線を引くことができる出力装置で設計や製図などの分野でつかわれています。80年代に入るとPCの一般化に伴って小型のプロッターなどがパソコン周辺機器として登場します。
アーケードゲーム
そして一般的に広まったは70年代後半から80年代のアーケードゲームの時代です。ベクターディスプレイが最も一般の人々を魅了し、クリエイティブに昇華されたのがこの時代です。Atari社やCinematronics社がこの技術をビデオゲームに導入しました。おそらく未来的なイメージの源泉はこの宇宙ものゲーム文化と関係がありそうです。もっとも有名なのが『Asteroids』(1979年 / アタリ) 岩石を破壊していく大ヒットゲームです。文字はゲーム開発の技術者であり、ビットマップと同様に文字の座標情報をいれたデータが表示機材のROMとして備え付けられて使われていました。
演技としてのタイプフェイス
映画『WARGAMES』のNORDのセットの大画面にうつる映像は『HP9845C』という当時最新のグラフィック性能をもつデスクトップコンピュータで制作されたそうです。大画面プロジェクターへは同じくヒューレットパッカード社の「HP 1345A」という超高解像度のベクター表示用モニターをつかってフィルムに撮影したものをプロジェクションしています。ベクターの文字はおそらく映画のためにオリジナルで作られたものでROM由来のものではないようです。さらに、主人公のパソコンの画面がモノクロのビットマップでASCIIアートのようにゲームを表示していたのとの対象的に、カラフルなグラフィックと毛色の違うベクタータイプを大写しで最後に持ってきたことは、とても文字を重視した演出のように感じます。
そして、『WARGAMES』のラストシーンは、核ミサイルの発射コードを解こうとAIが総当たりで必死に解析している表現として、10桁の文字と数字をランダムに表示する緊迫のシーンがあります。人間の演技ではなく冷徹なコンピューターの演技としてこのベクタータイプフェイスが人々の目を惹きつけます。角ばった字形とランダムに変化するモーショングラフィックスは、40年の時を超えてもなおコンピューターをコンピューターたらしめるカタチをしているように思えてくるから不思議です。過去の人々が夢見た未来に到達した今でも、タイプフェイスが同じイメージを運んでくるこの「未来の香り」の謎はコンピューターという常に塗り替えられる技術の見ることのできない概念にあるのではと考えてしまいます。